ルナの夜

 

 

 

 

こんにちは。

 

唐突ですが、うたたねしていて夢をみました。

忘れないうちに書き留めておきます。

 

それは小説ネタなんですが、なんとも美しい夢でした。

 

舞台は、西暦3015年の地球。

50年ほど前からなぜか文明の進化は完全にとまっていた。

100年前に恐れられていた人口の爆発的増加や、

それに起因する食糧危機や人類の最終戦争は、

嘘であったかのように回避され、争いもない

平和な世界が実現していた。

 

その50年ほど前の話だが、2050年ぐらいには、

コンピューターの発達も最終局面を迎えていて、

人々はもはやコンピューターを意識すらせず、

あらかじめ身に着けているポーチのようなもので、

すべて不自由なく欲しいものは手にはいり、

異なる言語同志の会話も行われるようになった。

 

初めのころは、こうした社会になり、

人々はこれから、どのようなバラ色の世界が

訪れるのだろうとか、人類は全く新しい

かつて経験したことのないステージに入った、

などと報じられていた。

 

ところが・・・

 

そのバラ色の世界と人類の発展の期待とは

うらはらに、なんというか、一言でいうと、

人間はやる気を失ってしまい、

ただ生きているだけという存在になって

しまった。

 

例えば、人間の根本的な欲求のひとつである

性欲だが、人々はもはやセックスには全く

関心をもたなくなってしまった。

 

性別がつきずらい傾向は、しばらく前からあった。

性器そのものも変質してきていて、

性行為ができない人も多くなっていたが、

それで悩むこともなくなっていた。

 

したがって人口は自然減を続け、

平均年齢も60歳になっていたのである。

 

コンピューターによる配合での試験管で

育てることも可能になっていたが、

何故かこの人間を人工的に育てることだけは

うまくいかないのであった。

 

話が戻るが、人々が悩みをもたなくなった、

主な原因として考えられるのは、

コンピューターによる仮想空間の実現で、

人々は欲しいものを難なく手に入れられるように

なったことである。

 

例えば、英雄になりたければ、事細かに

時代やなりたい人物を指定して、

その世界に現実以上に現実感をもって、

努力なしに、浸ることができるため、

欲しいものも特にないような状態に

なってしまったのである。

 

人間は、大統領になることもできれば、

兵士としてジャングルでの苦しさも

経験でき、はたまた三国時代の

英雄になることも、いとも簡単に

できるようになったのである。

 

マズローの5段階説にあるような、

人間の欲求が低層から高層まで、

生理⇒安全⇒社会的⇒尊厳⇒自己実現

という公式は全くナンセンスとなっていた。

 

同じくマズローが6段階目で考えていた

自己超越すらも楽々と手に入るように

なってしまったのである。

 

一方で経済活動であるが、

生産物である農作物についても、

ロボットが開墾・収穫まですべて

行ってしまうので手がかからない。

 

生産計画もやってくれるので、

理想的な生産ができる。

 

人々は働く必要すらないので、

要するに何もすることがない。

 

なにしろバーチャルな世界のほうが、

リアルな世界よりもリアルであるので、

もはやリアル世界で何かしようなどと

考えもしないのである。

 

人間は目的を完全に失ってしまった!

 

しかし健全な人間は生まれない。

 

その必要すら人々は感じない。

 

このままでは人類は絶滅するが、

別にそれで何が悪いといった状態である。

 

何しろ子供は作らないし、セックスも

できないのである。

 

 

– – – – – – –

 

とまあ、こんな具合の話でした。

 

この後、生物学や文化人類学を研究している

主人公が登場します。

 

彼はジョウジョウバエの研究から、

人間は実はあまり血の離れた存在よりむしろ、

いとこぐらいの距離にある相手に対して、

最も性欲を感じるのではないかという

仮説をたてます。

 

そして、その調査のために、とある

コンピューターとは無縁に生きている

社会を訪ねます。

 

そこで、非常に興味深い風習にであい、

彼自身もバーチャル世界で味わったことのない

感動を覚えたのでした。

 

 

さて、続きはここを、とやりたいのですが、

これはあくまでネタなので、書いてません。

 

以上、失礼しました。

 

また寝ます。